Top Interview_
井澤 駿
Izawa Shun

DancersWeb
Vol.78 Jan 2022
新国立劇場バレエ団・プリンシパル
「与えられた役割をきちんと果たしたい」
舞台に登場しただけで放つオーラと気品、恵まれた肢体としなやかなバネ、静謐な空気感と流麗な雰囲気を併せ持つ。まさにトップバレエダンサーの条件すべてを兼ね備えているといってもけっして過言でない、 新国立劇場バレエ団プリンシパルの井澤駿。
12月18日から開幕の『くるみ割り人形』のリハーサルの合間に、幼年期のこと、舞台裏エピソード、
バレエダンサーの兄・井澤諒との逸話など真摯に語っていただいた。
― 2022年1月1日(土・祝)の元旦にも『くるみ割り人形』に主演されます。
これまで何度も同じ役を踊っていらっしゃいますが、いまだにチャレンジングで困難なシーンは
あるのでしょうか?
全部ですね(笑)。あえて言うなら早替えです。
― 新国立劇場版は、主演の男性が3役の「ドロッセルマイヤーの甥/くるみ割り人形/王子」を演じるので、
とてもスピーディな展開ですね。
一幕はずっと舞台に出ている中で、ドロッセルマイヤーの甥からくるみ割り人形に早替えがあるんですが、いつも秒単位の闘いです。仮面をかぶっているとあまり前がよく見えないこともありますし、クローゼットに入るシーンもあと何秒という中で、間に合わせないといけないプレッシャーがあり毎回緊張しています。
そして袖に入って仮面と剣を投げ捨て、すぐパ・ド・ドゥに入ったり……じつは舞台裏ではとても忙しいんです(笑)。
― 観客として観た『くるみ割り人形』で、一番印象に残っている舞台はありますか?
やはり自分の所属しているバレエ団の『くるみ』が一番愛着はありますが、Kバレエカンパニーのバージョンもエンターテインメント性に溢れていて好きですね。
2014年に兄(井澤諒)が王子役で主演したKバレエカンパニーの『くるみ割り人形』の舞台がとても印象に残っています。その日はすでに別の予定が入っていたんですけど、どうしても観に行きたくて、ちょうど兄がくるみ割り人形から王子に変身する場面にどうにか間に合いました。とても感動的なシーンで、自然に涙が溢れてきた記憶があります。
―以前のインタビューで、「兄は自分のなかで一番尊敬しているダンサーです」と語っていらっしゃいましたが、どんなところでしょうか?
兄は一番努力している人です。僕は小さいころからずっと兄を見てきました。
幼い頃から毎日レッスンの日々で、ときには泊まり込みで練習していました。
兄は小学生ぐらいまでは普通のレベルだったのに、いつのまにかローザンヌ国際バレエコンクールに出場するまでになっていて、2014年にはローザンヌのスカラシップ賞を受賞しました。今でもずっと尊敬しています。
― とても素敵な兄弟関係ですね。諒さんの影響で4歳からバレエをはじめたそうですが、高校生になる直前ぐらいに、一度バレエを辞めたのはなぜでしょう?
高校生になる時期に、クラスメートたちが放課後みんなで遊びに行ったりしているのが羨ましくなって、普通の学校生活を送ってみたいという気持ちが沸いてきました。それで高校進学を機に、バレエからいったん離れることにしました。
バレエから離れている期間はピアノを習いに行ったり、テニス教室に通ったりしていましたが、バレエ以上に熱中する感じではなかったです。
―その1年後にはバレエに戻ることになるんですね。
バレエの先生に近所でバッタリ会ったこともきっかけになったんですが、身体を軽く動かす感じでまたバレエができたらいいなという気持ちでした。
それまでは楽しく踊るという感覚がなかったので、高校生になってバレエ以外にも色々なことをする時間ができて、心の余裕も生まれたのかもしれません。それからは近所の教室に週に2回ぐらい通うことになりました。
―その後、バレエの先生の後押しもあってプロとしての道を目指すことになりますが、もしダンサーになっていなかったら、どんな職業を選んでいたと思いますか?
高校生のときに、弁護士に憧れていたこともありました。でも興味を持って調べてみたり六法全書を見たりしてみて、「これは無理だ」と思いました(笑)。
― プロのダンサーとして周囲から言われた中で、もっとも印象に残っている言葉はありますか?
常に気を付けている言葉はあります。
2017年の『ジゼル』のリハーサルでロバート・テューズリーさんから指導していただいたのですが、「演技をするな」と言われました。
テューズリーさん曰く、「演技が嘘っぽく見えるのは、心を込めて踊っていないということになる。心から派生してマイムに繋がる」。
要は形から入るなということなんですが、これが難しいんです。その言葉を聞いて最初は、歩くことも、何もできなくなってしまいました。
特に、2幕のアルベルトが白百合の花を抱えてジゼルの墓にやってくるシーンは、悲しみを表に出す場面です。その表現を抑えすぎてしまうと、観ている人にちゃんと伝わらない。
テューズリーさんからは本番を終えた後に、「すごくよかった。表現が見えた」と褒めていただいたのですが、観客の方によく伝わっていなかったという部分もあったようなので、今後の課題ですね。
テューズリーさんのこの言葉は今でも大切にしています。
―これまでの出演作で、ターニングポイントとなった舞台はありますか?
この『ジゼル』もその一つといえますが、中でも2020年の『マノン』のデ・グリュー役ですね。コロナ禍の影響で舞台が中止になってしまったんですが、このリハーサルがこれまでの中で一番勉強になったと思います。
バレエの基礎がいかに重要なのか、一番実感したリハーサルでした。表現力ももちろんですが、技術的なことすべてにおいて、自分がいかに足りていないかを認識させられた作品でした。
―それを伺うと、観られなかったことがますます悔しいです。マノン役の米沢唯さんと共演する予定だったと思いますが、ぜひ来シーズンの上演に期待したいです。
これまで、ダンサーとしてもっとも苦しい時期を経験したことはありますか?
リハーサルが大変なのは当たり前なのですが、怪我をしてしまったとき全然動けない状態になってしまったのが特に辛い時期でした。家にじっとしているしかなく、一人で悶々と色々考えてしまったり…中々立ち直れなかったのですが、踊れるようになってからだんだん気持ちが落ち着いてきました。
そのうち、怪我で辛いのは当たり前かな、と辛い気持ちをそのまま受け入れられるようになり、少し強くなったかもしれません。
―2022年1月15日(土)の「ニューイヤー・バレエ」では『ペンギン・カフェ』で、ユタのオオツノヒツジのパートナーを踊られます。
2020年の公演はコロナ禍の影響で無観客公演ライブ配信を行いました。今回は観客を入れての公演になるので楽しみです。日替わりで、米沢唯さんと木村優里さんと踊ります。
―2017年の『こうもり』で、「ヨハンを演じてとても楽しかった」と語っていらっしゃいましたが、2022年2月公演「吉田都セレクション」でも「グラン・カフェ」のシーンが上演されます。
「グラン・カフェ」は1幕の終盤、とても盛り上がるシーンです。ヨハンのソロが非常に難しいのですが、ヨハン自身も解放されて踊っている場面ですし、僕自身も楽しんで踊りたいと思います。
『こうもり』はヨハンが牢獄に捕えられているところに妻のベラが助けてくれるパ・ド・ドゥもとても素敵なので、また全幕で踊れたら嬉しいですね。
―2017年にはお兄さんの諒さんが同じバレエ団にファースト·ソリストとして入団することになりましたが、 先に入団した駿さんからアドバイスすることはあるんでしょうか?
ないですね。逆に「どうしたらいいと思う?」と聞きにいきます。
じつは兄はその当時、バレエダンサーを引退することを考えていたようなんです。
でも僕はそれではもったいないと思って、新国のオーディションを受けてみたらと、引退を踏みとどまるよう説得しました。
―とても心温まるエピソードですね。おふたりの共演がこれからたくさん観られると思うと、すごく楽しみです。今後のダンサーとしての夢・目標をシェアしていただけますか?
与えられた役割をきちんと果たすというのは、当たり前のことですが常に心掛けていることです。
まだ社会的に落ち着かない状況ですが、怪我しない身体づくりを目指しながら、これからも楽しく前向きに
バレエを踊っていきたいと思います。
『くるみ割り人形』(2022年からの日程)
2022年1月1日(土・祝)、2日(日) 新国立劇場 オペラパレス
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/nutcracker/
「ニューイヤー・バレエ」
テーマとヴァリエーション/ペンギン・カフェ
2022年1月14日(金)~ 16日(日)新国立劇場 オペラパレス
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/newyearballet/
『こうもり』より「グラン・カフェ」
2022年2月19日(土)、20日(日)、23日(水・祝)新国立劇場 オペラパレス
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/yoshidamiyako-selection/
【新国立劇場バレエ団プリンシパル・井澤駿プロフィール】
群馬県出身。関田和代、菅居理枝子、田中洋子に師事。山本禮子バレエ団付属研究所、菅居理枝子バレエアカデミー、バレエスタジオDUOで学ぶ。2012年全国舞踊コンクールバレエ第一部第1位、ユース·アメリカ·グランプリNYファイナル シニア男性の部銅メダル、13年こうべ全国洋舞コンクールバレエ男性シニアの部第1位。14年新国立劇場バレエ団にソリストとして入団し、同年『シンデレラ』で全幕主役デビューを果たした。その後も、プティ『こうもり』『コッペリア』、ダレル『ホフマン物語』、『くるみ割り人形』『ドン·キホーテ』『眠れる森の美女』『ジゼル』などでの主演も好評を博している。16年ファースト·ソリスト、17年よりプリンシパルに昇格。18年中川鋭之助賞、20年舞踊批評家協会新人賞受賞。
